ロッパ・エノケンの新馬鹿時代 前後篇 1947年制作
監督 山本嘉次郎
出演 古川緑波 榎本健一 高田稔 三益愛子 花井蘭子 渡辺篤 三船敏郎 志村喬
前篇 1:16:47 まで
戦前からお互いライバルとして人気を二分し、一切共演をしなかった榎本健一と古川ロッパであったが、戦後、1947年にエノケン劇団とロッパ一座の合同公演にてついに初共演を果たした。
この劇は有楽座で披露されたところ大盛況を極め、本作はその影響を受けて製作された。
監督は戦前よりエノケン映画を撮ってきた山本嘉次郎で、本作においても激しい動きが特徴のエノケンのアクションを見ることができる。
また、主題歌の「ちょいといけます」はエノケンとロッパによる初のデュエット曲である。
挿入歌
『ちょいといけます』
作詞:サトウハチロー
作曲:古関裕而
歌:榎本健一、古川ロッパ
『いとしき泣きぼくろ』
作詞:サトウハチロー
作曲:古関裕而
歌:渡辺はま子
• 脇役で出演した三船敏郎の回想によれば、初めて映画に出演したのは本作で、次に彼のデビュー作である「銀嶺の果て」を撮ったという。
• 今作の舞台として製作されたヤミ市の巨大なセットは、取り壊してしまうのは勿体ないとして1948年に公開された黒澤明監督の「酔いどれ天使」でも流用された。
幻想館 映画評より
戦後のヤミ市。巡査の古川緑波(ロッパ)はヤミ物資を一切買わず、市場の連中からは嫌われているが、品行正しく取締を続けている。運び屋の榎本健一(エノケン)を発見したロッパは、壮絶な追いかけっこの末に自宅近くで見失う。エノケンはロッパの妻・三益愛子の弟で、奇しくも再会した弟は清貧を通り超して困窮している姉に、ロッパに内緒でヤミ物資を届ける。一斉取締の日、ロッパに逮捕されたエノケンの妻・花井蘭子の口から妻と義理の弟の秘密を知ったロッパはいたたまれずに警察を辞職する。・・・ここまでが前編
ここから後篇・・・途方に暮れていたある日。郷里の二束三文の山林から石炭が出て、ロッパとエノケンはいきなり億万長者になってしまう。ロッパは豪勢な屋敷と愛人を囲い、エノケンはヤミ商売に手を出す。ロッパの息子が寂しさのあまりアルコールで走る汽車のおもちゃで遊んでいて火事を起こし、エノケンはやくざ・三船敏郎にだまされて二人とも無一文になる。三船は金と暴力で大物政治家・進藤英太郎や警官を抱き込んでいて、いつも無罪になってしまうのだ。
巡査に復職したロッパは新聞記者に「戦争が終わってみんな馬鹿になっているんです。誰が悪いかちゃんと分かっているのに捕まえない。悪いやつらはどんどん利口になる。馬鹿が利口に負けるのはしかたがないが、正義が負けるなんてそんな馬鹿なことがあるか!」と叫ぶ。警察署長・高田稔の応援もあり、ついに世論が動く。三船の旧悪は暴露されてついに逮捕される。ロッパとエノケンは、地道に働くことにするのだった。
「日のあたらない邦画劇場」の感想文より
この頃の三船敏郎には、すれ違ったやくざが挨拶した、という逸話が有名であるが、ホモに大人気だった、というほうが信憑性ありと思う。それに、本物らしさという点において、まだ情報が豊富でなかったこの時代よりも、1970年代になっても「やくざが向こうから声かけてくるんだよ、本物(実物)は案外やさしいんですね、だって。」という青木義朗のエピソードのほうが生々しくて凄い(くらべんなよ!)。
ヤミ物資であこぎな商売をしているやくざの親分の三船敏郎。当時、二十代後半。コールマン髭の長身痩躯に背広がよく似合う。三船は関西弁の番頭・志村喬を従えた、ワルである。すでに迫力充分で、知性と暴力性を併せ持つ、若手やくざの親分を堂々と演じた。
頭を打ったエノケンがビルの屋上で演じるアクロバットは、特撮合成とうまくミックスされて、ハラハラさせる。エノケンのアクションをじっくり観たのはこの作品が初めてなのだけれど、こういうドタバタにも品格というのがあるのですねえ。まさに目から鱗が落ちた思いだった。ただ派手に「痛そうにやられて」いるのではなく、倒れて、蹴り飛ばされて、階段を落ちて、すべてちゃんと美しい型で以て演技しているのである。
「新馬鹿時代」というタイトルの意味が、ロッパの血を吐くような演説で明確になったとき、喜劇でありながら、制作されてから長い時を経ているはずなのに、共感できて切なくて、現代の観客である私は胸が熱くなった。単なる風刺喜劇映画にならなかった山本嘉次郎監督の2時間を超える(前後編)大作映画。

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