私の叔母も被爆者でしたが、その経験はあまり話してくれませんでした。
故郷でもきのこ雲が見え、汽車で逃げ帰る傷だらけの方々が多くいらっしゃったそうです。
誰にでもあるルーツが戦争で消え去ってしまう悔しさは幾ばくの事か。
同年代の広島県人として、戦争が日常に当たり前に入り込むことがに度とない事を願います。
失われた町の記憶を求め、平和公園のいまと過去をたどるドキュメント。

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