鹿児島県・徳之島にある伊仙町で15日、町政施行60周年を祝う式典がありました。
それに合わせて、初めて公開された手紙があります。
伊仙町出身で奄美の日本復帰運動の中心にいた泉芳朗が書いたものです。
伊仙町出身の泉芳朗。芳朗のおいで、現在は神奈川県に住む泉宏比古さんが、幼少期を過ごした芳朗の生家の跡を案内してくれました。
泉芳朗のおい・泉宏比古さん「彼が時々草を刈ってくれます」
宏比古さんが「彼」と呼ぶのは、近くに住む芳朗の親族、泉延吉さんです。
泉延吉さん「第3日曜がクリーン作戦だからその時に草刈りする」
近くには泉家の本家の墓もあり、その隣には芳朗の墓があります。
伊仙町出身の泉芳朗は「復帰運動の父」と呼ばれ、1953年12月に実現した奄美群島の日本復帰に尽力しました。
伊仙町の町制施行60年を記念して、15日から展示されている芳朗の手紙は、今回、初めて公開されました。手紙は芳朗と同じく伊仙町の出身で実業家だった、盛郷重廣さんに宛てたものです。
手紙は1953年3月付で、盛郷さんが在日アメリカ大使との面会の機会を作ってくれたことに対する感謝の気持ちや、面会後にその大使の更迭を知った芳朗の、復帰に対する焦りの心情などがつづられています。
伊仙町教育委員会・町誌編さん室 松岡由紀室長
「盛郷さんのように裏でキーマンとして動いて、かつ東京の方が手助けして実際、奄美群島の復帰が実現したという、本当に今まで表に出てこなかった歴史や背景が見えるところが価値があるんじゃないかと思う」
泉宏比古さん
「芳朗という人間像が本当に政治的な人間だけじゃなくて、実際に生の姿で生きていたと感じていただければ。我々も感じたいと思う」
展示される資料の中には、宏比古さんが発見した芳朗の日記などもあるということです。
これらの資料は4月22日まで伊仙町の総合体育館で展示されています。

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