【世界に衝撃を与えた試合】日本代表、強豪イタリアと1-1で引き分け | 中田英寿、小野伸二 VS ブッフォン、カンナバーロ、ネスタ、デルピエロ、トッティ、ガットゥーゾ…
#日本代表
2001年11月7日、埼玉スタジアム2002にて開催されたキリンチャレンジカップ2001。強豪イタリア代表を迎え、7万人の大観衆が見守るなか熱戦が繰り広げられた。

 初来日となった“アッズーリ”ことイタリア代表は、イタリア・セリエAはじめとする世界のビッグ・クラブの主力選手がのきなみ顔を揃えるといった豪華な陣容。迎え撃つ日本代表は、中田(英)や小野ら“海外組”も全員召集し、ベストメンバーで望む。本大会初戦をここ埼玉で戦う日本代表にとって、本番さながらの一戦となった。

 立ち上がり、過密スケジュールによるコンディション不足からか、イタリア代表の出足が鈍い。そのスキをつき、日本代表が先制ゴールをあげた。前半10分、左サイドでパスを受けた小野がDF2人に囲まれながらもボールをキープ。せめぎ合いからこぼれたボールを稲本が拾い、すかさず中央の柳沢へ絶妙のパスを送る。タイミングよくイタリアDFラインの裏へ走りこんだ日本のエースストライカーは、右足アウトサイドでダイレクトシュート。高い技術に裏打ちされた豪快な一撃は、名手ブッフォンの頭上を破り、ゴールネットを揺らした。小野のテクニックと粘り、稲本の素早い判断、柳沢の決定力——日本の誇る若きプレーヤーたちが、イタリア代表がその長き戦いのなかで培ってきた誉れ高きディフェンス“カテナチオ”をこじあげた歴史的瞬間であった。

 2001年シーズン失点はわずか3という堅守イタリア。失点後は、ローマ優勝の立役者トッティや“イタリアの至宝”デルピエロを中心に、怒涛の反撃を見せる。対する日本代表守備陣は、最終ラインを統率する宮本、川口の代わりこの日ゴールマウスを守る曽ヶ端といった若手センターラインを軸に、しぶといディフェンスでゴールを割らせない。一進一退の攻防が続き、前半はそのままタイムアップを迎えた。

 試合が再び動いたのは後半立ち上がり早々の6分。後半開始よりトッティに代わってピッチに登場したMFドニが、コーナーキックから押し込んで同点ゴールを決めた。昨季のセリエAでセンセーショナルを巻き起こしたアタランタの攻撃陣のリーダーであるドニは、イタリア代表初キャップとなるこの試合で代表初ゴールをあげたことになる。

 同点とされた日本代表は、後半から投入された司令塔の中田(英)を起点に勝ち越し点を狙い果敢に攻めるが、試合は徐々にイタリアペースに。ドニのドリブルとパスでゴールに攻め寄るイタリア代表に対し、カウンターで活路を見出そうとする日本代表。その後は両チームとも交代選手を続々と投入し、何とかして得点を奪おうとするが、互いに一歩も譲らないまま試合終了のホイッスルが鳴り響く。

 世界王者に輝くこと3度のイタリアを相手に臆することなく立ち向かい、価値あるドローを演じた日本代表。ブルーのユニフォームに身を包む若きイレブンは、来年行われる世界の檜舞台に向け、またひとつ大きな経験を得たに違いない。この試合をもって、2001年の代表Aマッチは最後となった。日本代表の歴史に新たな1ページが刻まれるであろう2002年は、もうすぐだ。

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