内海桂子, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=213162 / CC BY SA 3.0

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内海 桂子(うつみ けいこ 1922年9月12日 – 2020年8月22日)は、日本の芸人、漫才師、女優。
漫才協会名誉会長、マセキ芸能社所属。
本名は安藤 良子(あんどう よしこ)。
内海好江と約半世紀に渡って音曲漫才コンビ内海桂子・好江(1950年 – 97年)を組んで人気となった。
今村昌平との縁で横浜放送映画専門学院(現:日本映画大学)の専任講師も務めた。
桂子の当時の相方と好江の母親が兄弟弟子という縁で、当時14歳の好江を預けられる形でコンビを組んだ。
好江とは14歳差で血縁関係はない。
好江の没後は漫才協団会長として東京演芸界を率いる傍ら、最古参の現役ピン芸人として都々逸や漫談、「名鳥名木 何の木に留めた」、「○○尽くし」等の軽口もこなす。
笑組、ナイツ、ロケット団ら協会所属の若手の舞台に客演したり、デーブ・スペクターらと余興で漫才をする場合もある。
2011年(平成23年)8月7日に放送された『笑点』には、あした順子とコンビを組んで出演。
死去報道後初となる2020年8月30日の放送の最後には、追悼映像が流された。
また、翌週の9月6日の放送では、追悼企画として桂子と好江による生前の漫才の映像が流された。
桂子・好江の漫才コンビ時代から時流に敏感で、舞台でタイムリーな話題を織り交ぜているのは勿論、公式HPやブログを立ち上げ自らの文章で更新する(共に2012年時点で現存はするものの更新していない)などチャレンジ精神も旺盛。
2010年8月からはTwitterのアカウントを取得し、自らの言葉でツイートを1日数回程度の割合で行っていた。
内海は戦時中に満州などの戦地へ慰問し、それゆえ毎年8月になると必ずTwitterに広島・長崎への原爆投下や終戦への思いを投稿していた。
フリーアナウンサー・大沢悠里からは実母と同年代生まれである事から「おっかさん」と頼られ、内海も夫・成田常也からの求婚の際には「どうだかね」と相談し「いいんじゃないの、おっかさん」とアドバイスされるなど、よき関係を続けていた。
『大沢悠里のゆうゆうワイド』の投稿コーナー「お色気大賞」では、話の終わりのおちゃらかしに内海のお説教が放送される事があった。
2020年1月中旬まで漫才協会の公演に出演していたが、同月末から体調を崩し入院。
一時は回復しリハビリにも励んだが、コロナの影響で見舞いが禁止となり、4月には夫の成田常也も脳出血で入院。
それにより、Twitterも4月14日を最後に更新がなくなっていた。
2020年8月22日23時39分、多臓器不全のため、東京都内の病院で死去。
97歳だった。
遺族の意向で27日に近親者のみで密葬が行われ、死去の一報は、長年付き合いがあったスポーツニッポンが葬儀翌日の28日に裏一面と芸能面を使いスクープした。
墓所は東京都台東区の行安寺。
戒名は「桂雲院粋譽良光大姉(けいうんいんすいよりょうこうだいし)」。
「桂」は芸名の桂子、「良」は本名の良子からそれぞれ取られ、「粋譽」には粋な人生を称える意味が込められている。
染芳がヒロポン中毒になり別離。
染芳の他、10名ほど相方を替える。
バラエティ・トーク番組 ドラマ ^ 内海桂子twitter 2:27 – 2020年1月12日 ^ “弊社所属 内海桂子に関するご報告”. マセキ芸能社 (2020年8月28日). 2020年8月30日閲覧。
^ “279号 注目の人 漫才師/内海 桂子さん”. Wendy-Net. 2019年6月19日閲覧。
^ “「95歳のつぶやき」が話題、内海桂子師匠がツイッターで紡ぐ“大切な日常””. oricon news (2018年8月24日). 2019年2月25日閲覧。
^ “内海桂子さん「私も戦争に加担していたのかも」 毎年Twitterで当時を振り返っていた”. HUFFPOST (2020年8月28日). 2020年8月28日閲覧。
^ “内海桂子師匠、97歳大往生 夫らに見送られ旅立ち…芸歴81年「桂子・好江」で女流漫才の草分け”. スポニチ (2020年8月28日). 2020年8月28日閲覧。
^ 内海桂子さん死去97歳 ナイツら若手育成にも尽力 – 日刊スポーツ 2020年8月28日 ^ “内海桂子さん97歳で死去 女性漫才師の第一人者、戦後のお笑い界の礎つくる…

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