故郷の海へ
詩:木下宣子、曲:田丸彩和子、歌:下野戸亜弓、十七絃:平野裕子
日本歌曲協会主催( http://www.nikakyou.org )
第15回記念<邦楽器とともに・誕生百年!十七絃の響きにのせて>より(動画③)
令和2年度(第75回)文化庁芸術祭参加公演
2020.10.29(木)東京文化会館・小ホール
映像制作 公益財団法人日本伝統文化振興財団
【解説】
アルバイト先から帰った娘が、その日、店で起こったドラマを、驚いた表情で話してくれました。初めての話に私もびっくり。その場の情景を想像しながらまとめたメモの一つがこの作品になりました。
これより数年後、ロシアイルクーツクの民芸品店で別の驚きに出会いました。魚の壁掛けがたくさん並んでいるのです。この珍しい光景に、なにか意味を感じ、店主に訊ねたところ〈魚はジーザス・フィッシュと言ってキリストのシンボルであり、キリスト教徒のシンボルでもあります〉とのこと。この詩の魚も、死と再生、回帰のイメージを抱かせてくれるのは、共通する慈しみのこころが通っているからだと思います。
木下宣子(詩)
今回の演奏会のテーマは十七絃と聞き、深い独特の音色や余韻の長さといったこの楽器の魅力を最大限発揮させ、歌と十七絃が対等に活躍する作品を作りたいと思った。木下さんの奥深くドラマティックな詩の世界を、十七絃の様々な奏法で表現したいと思った。
田丸彩和子(曲)
【故郷の海へ(木下宣子)】
〈故郷の海は
今日も 青く澄んでいるだろうか〉
生け簀の底で 魚はおもう
賑わう 日暮れの街
人々の寂しいこころは さ迷って
山の幸 海の幸に 舌つづみ
〈故郷の海は
今日も 静かだろうか〉
揺れる藻のかげで 魚はおもう
夜を彩るネオン
人々は飢えたこころを 酔いでみたし
とりもどす ひと時の安らぎ
〈故郷の海は
今日は 荒れているのだろうか〉
不吉な予感に 魚はふるえる
遠くきこえる なつかしい呼び声
〈あっ 母さんだ〉
どっと溢れでてくるもの
そのとき 切っ先が光った
大皿に飾られた 活きづくり
歓声があがる
我さきに 箸がうごく
「痛い!」だれかが叫んだ
「魚が噛みついた!」
あたりはどよめき わきあがる嗤い
だが 宴の座は
しだいに蒼ざめていった
魚はからだをテーブルに残し
魂となって
故郷の青い海へ 帰っていった

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