かつみ・さゆり, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=102617 / CC BY SA 3.0

#日本の夫婦お笑いコンビ
#吉本興業
かつみ♥さゆりは、太平かつみ(個人としての表記はかつみ♥)と尾崎小百合(同♥さゆり)による日本の夫婦漫才コンビ。
所属事務所は吉本興業東京本社。
愛称「かつさゆ」。
漫才の他、テレビ番組のレポーターなども多く務める。
また、かつみの多額の借金に関する様々なエピソードを持ちネタにすることでも知られている。
桂文枝一門の定紋である結三柏。
太平かつみは、1984年8月に「トラコ&与作」の与作と「太平かつみ・ひろみ」を結成。
1985年に月亭八方の弟子であったきびのだんご(本名:前谷正弘)とともに漫才コンビ「どんきほ〜て」として活動していたが、だんごが妻の父が経営するディスカウントチェーン店『ジャパン(現・スギホールディングス)』に後継者として入社するために引退しコンビは解散。
その後、中田カウスの勧めにより、妻である小百合とともに漫才コンビを結成。
小百合が髪飾りを自分で引っ張る「あ~ボヨヨ~ン」のギャグで人気を得る。
なお、かつみ♥さゆりの結婚披露宴の媒酌人は六代桂文枝夫妻であった。
とある大資産家の3番目の愛人の子供として生まれ、父親とは5回程度しか会ったことがなく、母子家庭で資金援助は全く無かった。
よくアニメのTシャツを着ている。
高校時代 高校野球の名門である箕島高校の野球部に所属。
部が春夏連覇した時、かつみは2年生でありアルプススタンドで応援。
1学年上の先輩に石井毅や嶋田宗彦など。
財テク 25歳位の頃から財テクに乗り出し、株や不動産の売買で3億円を稼ぎ出す。
信用取引の大勝負に出たが、相場はかつみの予想したとおりには行かず大暴落(バブル崩壊)。
かつみは4億7000万円の大損を被り、1億7000万の借金を背負うことになった。
財テクにまつわる不運 オオクワガタの繁殖を試みたこともあるが、さゆりがコバエ退治のために誤ってバルサンを炊いたことにより失敗。
ピコピコドンという100円ショップの経営にも乗り出したが、大量の発注ミスがあり閉店。
2007年には起死回生を狙い、新たにラーメン店経営に着手。
11月1日(たむらけんじの「炭火焼肉たむら」2号店と同日)、かつみがオーナーを、さゆりの兄(開店に向け3か月間有名ラーメン店で修行した)が店長を務めるラーメン店「ボヨヨンラーメン ウマインジャー」を大阪市都島区にオープン。
さゆりが自分の部屋をイメージして手がけた内装は、ピンクを基調とした壁紙にハート型の鏡やシャンデリア、『暮らしカルマガジン みかさつかさ』で当時共演していた秋野暢子が描いた絵画などが飾られ、通常のラーメン店のイメージとは一線を画したものとなっている。
本人曰く、「(さゆりの部屋に来てもらうというイメージでデザインしたら)ラブホみたいになってもーた」とのこと。
また店の看板も、かつみが手書きしたイメージを元に看板屋にデザインしてもらうようさゆりに頼んでいたが、さゆりが看板屋に「これで作ってください」と頼んでしまったため、ロゴがデザインされることなく、かつみが手書きしたままの文字となってしまった。
店の経営はさゆりの兄に任せていたが、売上の低迷に加え、店内アルバイトの募集に応募してきた人物をほぼ全員採用(日本語が話せない外国人を含む)するなど経営の杜撰さがあらわになり、メロンパン販売で人気回復を目論むも裏目に出て、2008年6月末をもって閉店。
その後、2008年11月13日より、千葉県千葉市にあるショッピングモール・One’s Mall内にある「ラーメン劇場」で同名のラーメン店を営業していたが、こちらも2009年1月末で閉店。
なおメロンパン生地とラーメンのネット通販は、閉店後も引き続き行われていた。
2008年の『オールザッツ漫才』ネタ組トリで「褌一丁にサングラス」のたむらけんじがラーメン屋経営の実態を暴露した。
2012年4月28日にはスイーツ食べ放題店「ボヨヨンスイーツガーデン」を道頓堀の中座くいだおれビルにオープンさせた。
今回は店を経営のプロに見てもらっており、「ボヨヨンラーメン ウマインジャー」の7ヶ月間を超えて最長となる3年11ヶ月間続いていたが、中座くいだおれビルが香港の投資ファンドに買収された影響で家賃が高騰したため、20回目の結婚記念日にあたる2016年3月27日に閉店。
なお、自己破産について聞かれることもあるが、かつみ曰く「自分は自力で三億を稼いだ実績があるから、そのプライドで頑張っている」とのこと。
また、借金については2017年、池田泉州銀行によって低金利での借…

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