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トの教えのエバンジェリスト 林泰寛 山本時嗣 みついもとゆき
公式ブログはこちら
https://ameblo.jp/tono-oshie/
瀬織津姫バスツアーin京都
日程 2月19日 日曜日
集合 JR芦屋 大阪(連絡くださーい)
時間 8時30分 大阪発は8時
費用 15.000円(ランチ付き)
定員 27名
フェイスブックのイベントページからお申し込みください
瀬織津姫バスツアーin京都
https://www.facebook.com/events/5968091109923984
前回の訂正のため、と 雛祭りも近いので、今回はホツマ2紋(アヤ)の紹介
三三九度の元祖はもっと古い!
ホツマに二度登場する三三九度のお話は
ウヒチニ・スヒチニの時と
イサナキ・イサナミの時のことが詳細に記されている
高畠精二氏 ホツマツタエ現代語訳より
https://www.hotsuma.gr.jp/aya/aya02.html
ヒナ祭りと桃の花
男雛・女雛の実名(いみな)は?
第一話 天神四代とお雛様
この物語は、遠い昔霧のかなたのおおよそ三千年前のお話です。
天照神の日嗣(ひつぎ)の皇子(みこ)オシホミミとタクハタチチ姫
(伊勢外宮・豊受大神の玄孫・やしゃご)
の結婚の儀を間近にひかえて、
宮中は支度に追われる忙しい毎日でした。
その頃、天照大神はイサワノ宮(現・伊雑宮いざわのみや。三重県磯部町)に坐して、君の御心は天下あまねく照り輝き、民も豊かに暮らしていました。
皇子オシホミミはタカの国府(こふ、現・宮城県多賀城市)のツボワカミヤ(壷若宮)に坐して、ヒタカミノ国(日高見国、旧・陸奥)を治めていました。
そんなある日のことです。もうすぐ天忍穂耳命の奥方になられるタクハタチチ姫(スズカ姫)の兄タカギ(高木神)が、天忍穂耳命君に質問をしました。これは、晴れの婚礼前に緊張を少しでも和らげて一時をくつろいでお過ごしいただこうとの配慮あってのことでした。
「結婚式の時、神前で新郎新婦が交す三三九度のお神酒(みき)には、一体どんな謂われがあるのでしょうか」と、居並ぶ諸神の同意を得るかのようにゆっくりとお聞きになりました。
<補足:神前結婚の歴史>
現在の神社における結婚式は、明治33年、当時の皇太子殿下(後の大正天皇)のご婚儀に基づいた宮中賢所(かしこどころ)の神前式の次第が全国各地に広まり、定着したと言われています。
神社での挙式ということが基本ですが、式次第自体は、家ごとに行われてきた挙式を参考にしています。このことからも、神前式挙式は、日本の伝統的な婚儀やしきたりを現在に受け継ぐものと言えます。
サイト 日本の結婚式 より
https://nihon-kekkon.com/article/knowledge/id33505/
結婚の儀式の始まりは「祝言」だと言われています。農耕民族である日本人は人と人、家と家を繋ぐ盃事をとても大切にしてきました。
祝言は、家族や親族、親しい近所の人たちが集まり、婚家である新郎家がお酒やごちそうを振る舞い、その宴は夕刻から始まり、数日間続くことが当たり前でした。
床の間や神棚、仏壇のある部屋で先祖に見守られて、祝いの宴がひとつとなっていて、また、貧しい農民は土間で盃を交わすだけの儀式であったとも言われています。
そして、室町時代より武家の礼法・作法の定めを命じられた小笠原流が形式を整え、盃事を交わす儀式が定着していったという歴史があります。
<高畠精二氏の現代語訳ホツマの話に戻って。>
「結婚式の時、神前で新郎新婦が交す三三九度のお神酒(みき)には、一体どんな謂われがあるのでしょうか」と、居並ぶ諸神の同意を得るかのようにゆっくりとお聞きになりました。
これを聞いた天忍穂耳命はにっこりと微笑まれると、臣や司を始め大勢の諸神、諸民を前にして静かに天地創造の物語から始めました。
<天地創造のお話>
「それは遠い遠い昔のことです。まだこの高天原(天体)が生まれるずっと前のこと、天も地も未だ分かれていない、もちろん太陽も月も星も生まれていない前のことです。
このウツホ(宇宙)の闇を支配していたのは、混沌としたアワ、ウビ(エネルギー)のようなもので、それは限りなく巡り漂って煮えたぎり、姿も形もありませんでした。
それから長い時が流れて、このウツホの闇が陰(メ)と陽(ヲ)に分かれる兆しが現われ初めました。
やがてその中にアメミヲヤ神(天祖神)がお生まれになり、神が最初(うい)の一息(ひといき)をウビ煮えたぎるウツホに吹き込むと、宇宙は静かに円(まどか)に(丸く)巡り始めて、その中心に天御柱(あめのみはしら)が立ち昇り、混沌とした宇宙はやっと姿を現わし始めました。
清く軽く巡れるものは陽(ヲ・男)となって、左巻に廻り天となり太陽が生まれました。重く濁れるものは、右巻に巡り陰(メ・女)となり、このクニタマ(地球)となり、後に月を生みました。
<縄文時代の始まり=初代 国常立命のご出現>
さてこの地球に最初にお生まれになられた神のお名前を、天御中主命と申し、その後、国常立命として再びご出現され、花タチバナの木を植えて理想郷トコヨの国を建国しました。
<国狭槌命 二代目 クニサヅチノミコトとは>
国常立命は八人の御子を産んで、その御子達を世界の八方に派遣し、それぞれの国を建てて治めさせたので、この八人をヤモヤクダリ(八面八降)の御子といいます。
後にこのヤミコ(八御子)はそれぞれの国の国王の先祖となりました。この二代目の世嗣(よつぎ)の八御子を総称してクニサヅチ・クニサッチといいます。
そのいわれは、クニトコタチは初め自分同様サギリ(厳選)の道を以て全世界を一人に統治させようとしましたが、各々譲り合ってお互いを立てたので、やむなくサッチ(分割)の道で国を与え治めさせました。
ト・ホ・カ・ミ・エ・ヒ・タ・メの八御子の名は、各々クニサッチの神の頭文字を表わし、たとえばトのクニサッチ、ホのクニサッチ、カのクニサッチ…のように呼びました。
このようなわけで、この国では八(ヤ)という言葉にはたいへん尊い意味があり、ヤモトカミ(八元神)とも言って、世界の大元はこの八柱により支えられています。
後にこのトホカミエヒタメの八神は、各々五人ずつ子供をもうけました。
<三代目 豊雲野命 トヨクンヌ>
次に、この八面(ヤモ・世界)を嗣いで治めた三代目の神の名をトヨクンヌといいます。
トヨクンヌは天命を受けて、神の子孫を君、臣、民(きみ、とみ、たみ)のミクダリ(三降・三階級)に分けて各々の役割を定めて国を治めました。
<保食神 ウケモチの神と稲の起源>
この神の弟君にウケモチ(保食)という神がいました。ウケモチの神は、何とか民を豊かに繁栄させたいと望んで、ある日天にましますアメミオヤ神に一心に祈ったところ、ついに御心が通じて天からヒヨウル種(太陽と月の精気を含んだ種=稲種たなしね)が落ちてきました。
この種を水辺に蒔いたところ、ウル田(水田)のゾロ苗(水稲・うるち:うるち米の言葉の起源と考えられる)となって、八月一日(旧暦)には稲穂(いなほ)もあつく実って大豊作となりました。
ウケモチはこの悦びを先ず兄トヨクンヌに報告して、八房(やふさ)に実った稲を献上しました。
<神嘗祭の起源>
たいへん喜んだトヨクンヌはこの稲穂をアメミオヤ神とアメミナカヌシ神に捧げて、先ず感謝のお祭をして、各々県主(あがたぬし)に分け与えて国に籾(もみ)を持ち帰らせて、順次民に分け与えて広めたので、稔りの秋祭を皆が楽しめるようになりました。
この時から民の糧も増えて暮しも豊かになり国の平和が永く続くようになりました。
諸民は、ウケモチの神をイナリ神(稲生神)と称えて、後の世まで感謝の心を伝えました。これにより八月一日には親しい人を招いてご馳走をふるまい、お互いに贈り物をして楽しむ風習が始まりました。これを八朔(はっさく・八月一日)の祝といいます。
さて話を元に戻して、トヨクンヌの神は男女合わせて百二十人もの御子に恵まれましたが、各々がお一人でお暮らしになり、男女が一緒に暮らす夫婦(めおと)の道はまだ定まっていませんでした。
こんな訳で、三代目までの神様を独神(ひとりかみ)といいます。
<四代目ウヒチニとスヒチニ 陰陽メヲ メヲト神 一夫一婦制 雛祭りの起源>
令和5年2月7日 有職雛
丁度、天の真榊木(まさかき)を植え継いで、五百本目になる頃のことです。四代目を嗣いだ男神の名前をウビチニと言い、この神はスビチニと言う女神と初めてご夫婦になられて最愛の妻としました。
この両神(ふたかみ)の美しい物語が雛祭の由来となり、男女の結婚制度の始まりともなりました。」
天忍穂耳命君はここまで一気にお話になると、一息つかれて、間もなく迎えるタクハタチチ姫との生活(くらし)に思いをいたし、大層和まれたご様子でした。
「むかし昔、コシの国(越前)のヒナルノ岳(現福井県の日野山、越前富士)の神の宮(日野神社、福井県武生市)で、木の実をお持ちになってお生まれになった男女の御子がありました。
日野山=越前富士 サイト 関西・四国・中国 ふるさとの富士 より
<脱線話>
桃栗三年柿八年、梅は酸い酸い十三年、梨はゆるゆる十五年、柚子の大馬鹿十八年、蜜柑のまぬけは二十年
<話戻って>
その種を庭に植えておいたところ、三年目の三月(やよい)の三日に、百(モモ:たくさん)の美しい花が咲いて初夏になると香りの良い実が百(たくさん)なりました。
花も果も百(モモ)に付いたので、この花をモモの花と名付け、実をモモの果と呼び、モモの木といいました。
この若い両神(ふたかみ)の名前もモモの木と実にたとえて、男神の名をモモヒナギと名付け、女神の名はモモヒナミと名付けました。
因みにヒナ祭のヒナの意味は一(ヒ)から七(ナ)までで、まだ人(成人、一から十、ヒからト)になる前の若者のことです。
君と呼ぶのは、桃の木(キ)と実(ミ)のことで、この時から男神の名前には木(キ)、女神には実(ミ)と付けるのが習わしになりました。(例:イサナギ、イサナミ)

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